あわら市北部、約10キロメートルの砂浜が続く波松海岸。この地区では漁業、製塩など海の恵みを生かして暮らしを営んできた歴史があり、昔から海とは密接な関わりがあります。現在ではサーフィンのメッカとしても知られ、関西・中京のサーファーたちの間では、地元農産物にちなみ“メロンビーチ”の愛称でも親しまれています。そんな波松区在住の坂井優さん(左)と白越不朝さん(右)は昔からの友人同士で、ともに波松の魅力を発信するイベントにも積極的に取り組んでいます。地元愛に満ちたお二人をナビゲーターに、あわら波松地区の魅力をご紹介します。
―――波松海岸では古くから漁が行われてきたそうですね。
坂井さん:波松区の春の風物詩となっているのが、小女子(こうなご)漁です。かつて波松区には4つの網元がありましたが、現在、その伝統を受け継いでいるのは、万両網同好会。漁期は4月中旬~5月末頃にかけてで、200メートルの沖合に網を入れ引き上げると、銀色に輝く小女子が網いっぱいに水揚げされます。獲れた小女子は浜で釜茹でして、天日干しします。海岸には網などをしまっておく船小屋がありますよ。
白越さん:小女子をぬか漬けにした「小女子味噌」も波松区ならではの名産品ですね。じっくり漬け込むことで旨味が増します。そのほかにも、小女子はくぎ煮にしたり、地元では慣れ親しんだ魚ですね。
坂井さん:6月には鯛網漁を行うなど、季節ごとにいろんな魚が獲れます。万両網同好会では、一般の人向けに地引網体験も行なっています(予約制)。一網7万円の地引網体験は、子ども会などでの利用も多いですね。ちなみに、地元の子どもたちは体験学習の一環で地引網に参加しています。
白越さん:真鯛、アジ、イナダなど種類は豊富ですよ。獲れた魚は全部持って帰れます。
坂井さん:ルアー釣りやエギ釣りも人気ですね。平日の早朝には出勤前に一釣りして行く人の姿も見かけますよ。なかでもキス釣りの愛好家は多く、6月には「東西投げ釣り選抜100人の会」が2年に1度開催されています。350メートルごとに縦に設けられた突堤を生かした会場には、全国の予選を勝ち抜いた精鋭たち100人が集結して釣果を競い合い、賑わいます。
―――昨年はそんな波松地区の地域資源を生かしたイベントも開催されたのだとか?
坂井さん:地域の魅力発信の一環として、2017年10月8日に、「波松流木きらめきフェスタ PUZZLE 2017」を開催しました。これは、平成28年3月に児童数の減少で休校になった波松小学校の校舎を活用して行った区民総出のイベント。波松地区の地域資源を生かしたさまざまな取り組みを行いました。地元有志で実行委員会を結成し、波松区の皆さんには一人一役のボランティアを呼びかけました。私たちも実行委員として参加しています。
白越さん:小学生がのぼり旗に歓迎メッセージを書いたり、中学生が食卓テーブルのインテリアづくりや音楽を担当したり…。老人会は、イベントの開催時期に合わせて学校下の花壇に植栽をしたり、みんなが一丸となって手作りで運営しました。
―――なかでも「くじら汁」が人気だったと聞きました。くじら汁とはどのような料理ですか?
坂井さん:くじら汁は、江戸時代から明治にかけて北前船の船員だった村の若衆たちが北海道から伝えたとされる「ハレの料理」。網元が初漁時に関係者にふるまったのが始まりとされており、昭和40年代ごろまでは、結婚式や棟上げ式などおめでたい席には欠かせませんでした。しかし、近年は結婚式を式場で行うので、くじら汁をふるまう機会も少なくなってしまいました。そこで、レシピ継承のためにもくじら汁を作り、その味を広くいろんな人たちに知ってもらおうと思ったんです。
白越さん:昔は、宴席でどんなに豪華な料理を用意しても、くじら汁が出ないと、もてなされたとは見なされませんでした。逆にくじら汁さえあれば、それ一品だけだったとしても、手厚いもてなしとされた。それくらい、波松区では大切な料理だったんです。
――― 作り方にもこだわりがあるのでしょうか?
白越さん:くじら汁に使う材料は決まっていて、塩鯨の他、カブ、長ネギ、ゴボウ、木綿豆腐を使い、味噌仕立てで作ります。伝統の味なので、どの材料も欠かせません。
坂井さん:塩鯨は脂が多いため、今回はあらかじめ脂抜きを3回行ないました。昔はそこまで脂抜きはしなかったようなんですが、初めて食べる小さいお子様もいるので調整しました。
白越さん:くじら汁には、カブを入れるんですが、フェスタの開催時期の10月には福井県ではちょうどいい大きさのものが手に入らず、金沢の市場から仕入れました。脂抜きも含め、手間はかかりましたが、ちゃんとしたくじら汁でおもてなししようと思うと、そこは譲れませんでしたね。
坂井さん:くじら汁は、専用の「くじら皿」でいただくのが習わしで、波松区では各家ごとに祝事のための「くじら皿」を持っています。お皿も料理の一つなので、そのお皿を用意するところからおもてなしの準備を始めました。
白越さん:今回のイベントでは、九谷焼や有田焼など各家ごとに絵柄や染付が異なる「くじら皿」を持ち寄り、来場者にお好みのお皿で楽しんでもらえるよう、おもてなしの仕方も工夫しました。
坂井さん:準備や工夫を凝らした甲斐あって、くじら汁は大好評で、用意した250食があっという間になくなり、藏の隅で眠っていた「くじら皿」にも輝きが戻りました。
―――フェスタでは、流木や貝殻などを使ったワークショップも開催されていますよね。
坂井さん:地域資源を活用した5つのワークショップを行いました。波松海岸に打ち上げられた流木やシーグラス、貝殻、石、浮き、砂を利用して作品を作る「ビーチクラフト」は、陶芸家でもある白越さんが講師を担当してくれました。
白越さん:私は工具の使い方など技術的なお手伝いをしただけ。自由な発想で思うままに作ってもらうようにしたので、面白い作品がたくさんできました。親子や三世代で参加してくださった方々が多かったんですが、意外と夢中になっていたのが、お父さん。市販のゲームとは違い自分で工夫できる面白さがあるから、やり始めるとついついハマっちゃうんでしょうね。
坂井さん:そのほか、波松海岸の石に墨で好きな1文字を書く「石のあーと」、「サンドアート」、「ぶどう蔓を使ったリースづくり」、「流木と越前織のマグネットづくり」など、親子や友だち同士でそれぞれに思い思いの作品づくりを楽しんでいました。
―――そのほかには、どのような取り組みをされたのでしょうか?
坂井さん:サツマイモの収穫体験や、地元の梨や野菜、小女子の釘煮などを対面販売する「持ってけ!軽トラ市」を開催しました。波松地区では収穫した野菜をスーパーなどに卸すことが少なく、対面販売が基本なんです。そんな伝統の対面販売を当フェスタでも行い、生産者と言葉を交わしながらお買い物を楽しんでいただきました。
白越さん:体育館では、子どもたちが波松区の塩づくりの伝承歌「ヤーヤー踊り」も披露しましたね。久しぶりに体育館に子どもたちの元気な笑顔があふれました。
坂井さん:「流木きらめきフェスタ」は、昨年の内容をさらにブラッシュアップして、今年は10月28日(日)に開催予定です。
―――楽しみですね。波松地区には、ほかにもまだたくさんの魅力がありそうです。
白越さん:自分たちもイベントを通じて地元の魅力を再発見し、改めて波松っていいところだなあと思っています。
坂井さん:波松海岸は県内の他の砂浜と比べると砂粒が粗めなんです。だから素足で歩くと、サラッとした感触でとても気持ちがいい。5月に入ると、素足で波打ち際を歩くのは最高の贅沢です。その波打ち際には、 地元で「まめひょこ」と呼んでいるハマスナホリガニ(ヤドカリの仲間で、体長は5ミリメートル~10ミリメートルほど)というかわいい生き物もいます。まめひょこは、波打ち際のキューピットとも呼ばれ、近辺ではここにしか生息していません。カニといってもハサミはなく、引き波の時バックしながら忍者のようにスッと砂の中に隠れます。見つけてみるのも楽しいですよ。
白越さん:波松海岸には流木やきれいな貝殻、独特の風合いのシーグラスなども落ちています。波松海岸に来て自分のお気に入りを探すのも、宝探しみたいで面白いですよ。
坂井さん:夕暮れ時の風景もきれいですよね。冬、雄島沖に沈む夕日や秋の漁火など、季節ごとに異なる表情を見せてくれます。波松海岸上空は小松空港へ着陸する飛行機の進入路になっており、目の前で180度方向転換する機体の姿も楽しめますよ。そして、波松海岸の夜空は左右180度、天頂120度の大パノラマ。周囲に明かりがないので、冬は天頂にふたご座、海の上にオリオン座、夏は天頂に白鳥座、海の上に北斗七星、流星群もくっきりと見え、砂浜に寝転がっての天体観測もおすすめです。
まさに足元から天上までいろいろな「贅沢」が満載の波松海岸。坂井さん、白越さんたち区民の皆さんの地元愛によってその魅力が守られ、磨かれ、受け継がれていこうとしている姿が印象的でした。